2013年6月13日木曜日

ベルギー⑨

ワロン⑤










5.ナミュール(Namur

ナミュール州の州都で人口10万人
姉妹都市-大垣市
『ムーズ川の真珠』と讃えられる美しい街並み。
ムーズ川とその支流サンブル川の合流点に町はあり、川にかかる橋も美観を
引き立てている。その中でもムーズ川にかかるジャンブ橋は3つのアーチを持ち、
その下を小型船がいきかい、シタデルの全貌がこの橋から望める。

(歴史)
古代ローマ人もカエサルが地元のアドゥアトゥキ族を打ち負かした後に定住した。
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10世紀メロヴィング朝の城が築かれてから有名となった。そして町単体として県と
なった。ナミュール伯がムーズ川北岸にのみ町を建て、南岸はリエージュ枢機卿
所領であったため、町は不揃いに発展した。
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その後1262年ナミュールはフランドル伯の手に落ち、
1421年ブルゴーニュ公フィリップ3世に買い上げられた。1640年代には
スペイン領ネーデルラントの一部となり、城砦が強化された。1692年には
フランス王ルイ14世が町を攻略。彼の軍事技術者ヴォーバンが要塞を再建した。
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1695年大同盟戦争の最中オラニエ公ヴィレム(イングランド王ウィリアム3世)
によって奪われた。
1709年には要塞はオランダの支配下に、町はハプスブルク家のものとなった。
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フランス革命後の1794年にフランスが再度侵攻しナミュールはフランスに
再度併合される。
しかし1815年ナポレオンが敗退したのちウィーン会議でオランダの一部となる。
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1830年オランダから分離独立を求め、ベルギー独立革命がおきた。その後も
ナミュールは重要な要塞の町として新たな政権下におかれ、要塞は1887年に
再建された。
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第一次世界大戦中の1914年、フランスへ至るルートとしてのナミュールは
ベルギーへ侵攻したドイツ軍の標的となる。そして要塞は3日で陥落し、
町はドイツ軍に占領された。そして第2次世界大戦中、1940年、
アルデンヌの戦い1944年のバルジの戦いでは前線地帯となり、
町はひどい被害を受けた。1977年までナミュールはベルギー軍落下傘部隊の
本拠地であった。

(産業)
ナミュールはワロン語圏の重要な商業産業の中心地である。機械生産、製革業、
製鉄や磁器生産がされている。

(見所)
シタデル(城砦)
現在の城址は17世紀の建設とされる。この地を支配したすべての支配者の所有と
なった。ルイ14世、オラニエ公ウィレム(オレンジ公ウィリアム)など。
第2次大戦ではドイツ軍が間近まで迫ってきた。全体で8ヘクタールもある広大な
庭園、敷地内には森林博物館や野外劇場。城砦からの眺望はナミュールの町と
教会の尖塔や鐘楼と町の全望、そして遠くにアルデンヌの丘も見ることができる。
もともとは10世紀の古い城砦があったといわれている。

鐘楼(Beffroi
ロマネスク様式の鐘楼。46個の鐘が設置してある。大聖堂の前の建物は18世紀を
通じて大司教の宮殿である。フランス革命から現在までは州庁舎として使われている。
世界無形遺産に登録されたベルギーの鐘楼群のうちの一つ。聖ピエール教会の
鐘楼としてあったものが、1745年の教会の火災によってナミュールの町の城壁の
一部として1388年に建設された聖ジャック塔に移された。1746年から城壁の
開門、閉門の時を鐘が告げていた。高さが20mの聖ジャック塔は14世紀の
軍事的な建造物として重要な遺産である。

聖ヨハネ教会
ナミュール最古の教会。13世紀に建てられ、1616年と1890年に改築された。
その2つの年号が壁に大きく書き込んである。

聖ルー教会(イエズス教会)
17世紀に建築されたバロック様式の教会。正面入り口と2階の窓の両側にある
2本ずつの円柱と石の彫刻が重厚な印象を与える。

聖オーバン大聖堂
18世紀中ごろのイタリア人建築家が建てたバロック様式の大聖堂。
もともと11世紀に建てられた大聖堂が洪水で破壊された。
この教会ナミュールで一番高い建築物
歴史的建造物を保護する目的で大聖堂より高い建物は建ててはいけないことに
なっている

オワニー宝物館
13世紀の修道士で優れた銀職人であったユーゴー・ドワニーが作った金・銀細工の
作品が展示されている。ドワニーの作品は『ベルギーの7つの奇跡』の一つ。
聖バルテルミー教会(リエージュ)の洗礼盤ゲントにあるファン・アイクの
『神秘の子羊』などと並ぶ価値のある宗教芸術作品とされる。その美しさと
第2次世界大戦中ドイツ軍の空襲から免れたのも奇跡である。

2013年6月4日火曜日

ベルギー⑧

ワロン地方④










3.オルヴァル(Orval
リュクサンブール州にある町。大修道院で有名。
オルヴァルというのは『金の谷』という意味である。その由来は。。。
 →1076年頃、この地の領主トスカーナ伯爵夫人マチルダは狩の途中で  
オルヴァルに立ち寄った。泉のほとりで休息していているとき、夫人は 
うっかり泉の中に指輪を落としてしまった。今は亡き夫ゴドフロワの
形見の指輪であった。必死の捜索するも見つからなかった。悲嘆にくれた夫人は
聖母マリアに一心に祈った。すると一匹のマスが口に指輪を加えて水面に
姿を現した。夫人は思わず「この金の谷に祝福あれ」と叫んだという。 
それ以降町のシンボルも指輪を加えたマスになった。
(見所)
オルヴァル大修道院
最初の修道院は12~13世紀に建設されたがフランス革命時に破壊された。
今のその廃墟も残されている。再建が始まったのは1926年。1931年には
有名なトラピストビールの醸造所が作られた。これは修道院の再建資金を
得るために建てられた。
(見学)
まずは1518年のポーチをくぐると『施しの庭』にである。
ここは昔修道士たちが貧者に施しをしたことから、この名がついた。
そして庭を横に通って進むと、再建された新修道院とその前に広がる
『黙想者の庭』が一望できる場所にでる。
さらに進むとマチルダの泉にでる。その横がシトー会大修道院付属教会の廃墟
  ★大修道院の最も有名な院長モンガイヤール初代ルクセンブルク公
   ウェンサスラスなどの墓もあった。3つの窓と「死者の扉」をもつ
   バラ窓もきれいな形で残っている。

4.ディナン(DINANT)
ムーズ川の両岸に町並みが広がる。
町の東岸にシタデル、市庁舎やノートルダム参事会教会などがあり、
西岸には鉄道駅がある。11世紀初めに築かれた城砦の下にある町。
また楽器サックスが生まれた町としても有名。
ディナンはリエージュ司教国の管轄地であり、13~15世紀にかけて栄え、
そのころ真鍮や銅で手作りしたフライパンやお鍋、食器類や飾り皿などの
ディナンドリーができた。現在は町に2つの工房がある。
(見所)
シタデル
1050年に崖の上に築かれた城。16世紀にリエージュ皇子司教が再建したが
18世紀フランスによって破壊され、現在の姿は19世紀以来のオランダ支配時代の
ものである。山の高さは100mあり、ロープウェイか16世紀に作られた
石段(408段)で登る。眺望は2キロ川下のクレヴクール城などが見渡せる。
アドルフ・サックスの家
サクソホンの誕生地で、生家がある通りはアドルフ・サックス通りと
名付けられている。ディナンドリーを売るお店もこの通りにある。
真鍮でつくられたサックスも飾られている。4年に一度秋に、
国際サックス・コンクールが開かれる。

★町の名物
 ・クック・ド・ディナン
  蜂蜜と小麦粉だけでつくった堅焼きのクッキー。15世紀以来の歴史を持ち、
  100以上の型がある。