2014年2月25日火曜日

ウガンダ⑥

都市編③


















3.ブウィンディ原生国立公園(Bwindi Impenetrable National Park

アフリカで、最も生物学的に多様性をもった森のひとつである。

広さ:32092ha(320.92 km²/名古屋市326 km²とほぼ同じ)
    熱帯雨林、平地、高地の森林を含む。
海抜:1160~~2607m
  
伝説:             ↓
約1世紀前キソロから北上してきたある一家が通り抜けることができない沼地の南側に
きたときに、沼の精に身道案内をお願いしたところ、
もっとも美しい娘二ナムカリ(Nyinamukari)を犠牲に求めた。

2日間考えたすえ、家族は南にもどることはできないということから、
娘を犠牲にし沼を安全にわたった。この話が人々に広まった後、人々は現在国立公園内の
この沼をムブウィンディ・ヴァ・ニナムカリ(Mubwindi bwa Nyinamukari
Dark place of Nyinamukariと呼んだ。

そのMubwindiからbwindiと呼ばれるようになった。
Impenetrable(「通り抜けることのできない」という意味)はこの伝説からきている。
現在の国立公園名は1991年につけられた。

国立公園には....
世界のマウンテンゴリラの約半分-340頭
 ・90種類の哺乳類、うち11種は霊長類(チンパンジーやクロシロコロブス等)
 ・150~250頭のチンパンジー
 ・251種類のバタフライ(8種はこの地固有)
 ・360種類の鳥類(23種はアルバタイン・リフト・バレー固有)
  →アフリカヒロハシ(African green Broadbill
   オジロソライロヒタキ(White-tailed blue flycatcher
   インコ
   ヒタキ
   フレイザー ワシミミズク(Frazer’s eagle owl
   エボシドリ(Turaco)
     サイチョウ(Hornbillなど
 ・200種類の木
 ・105種類のシダ類
 ・80種類のラン




2014年2月10日月曜日

ウガンダ⑤

都市編②












ジンジャ

人口:106,000人

ジンジャ県
カンパラについで2番目に大きな商業都市。1907年に建設された。
カンパラから東に87キロ、ヴィクトリア湖岸、ナイルの源流近くに位置する。

歴史

かつては漁村で、長距離輸送ルートの途中に位置し、そのことから利益を得ていた。
町の名前の由来はこの地方、ナイル川の両岸に住んでいたガンダ族とソガ族の両方の
言葉で「岩」を意味する「エジンジャ」(ガンダ族)、「ディンダ」(ソガ族)から
1894年ウガンダを保護領としたイギリスが新たに建設する町に「ジンジャ」と
名付けた。

リポン滝を形成している大きな岩のため川はこの地で支流を生む。
そして川の両側には大きな平らの岩があり、小さなボートで川を渡ることができる。
またその岩はヴィクトリア湖から流れ出る水の量も自然に調整する役目も持っている。
地元民にとってこの場所は渡河ポイント、通商、移住、漁業の場所であった。
  ★1954年完成したオウェン滝ダム(近年ナルバーレ発電所と改名された)の
   建設のため、自然の岩の多くは爆破され、水底に沈められた。

1856年にジョン・ハニング・スピーク(イギリス人)が欧州人には
確認されていなかったナイル川の源流を発見するため探検した。
そして見つけた湖を女王にちなんでヴィクトリア湖となづけ、
ナイル川の源流であると提唱した。
     ↓
この地域は綿花、砂糖畑、鉄道の発達により、町は拡大した。
1907年イギリスにより道が整備され、町が建設された。
1910年にはゴア出身でカトリックのインド人商人がやってきた。
     ↓
1923年にはケニアのインド洋沿いの町モンバサからキスムを通ってジンジャまで
つながった鉄道がカンパラまで延伸された。
1928年にはブリティッシュ・アメリカン・タバコが進出し、
タバコ工場が建設された。
この頃ウガンダの貿易相手はインド、イギリス本国についで日本が大きく、紡績、
繊維業者がジンジャに進出していた。
     ↓
1972年、イディ・アミン政権時インド人および日本企業は追放され、
当時アミンに処刑され、ヴィクトリア湖に遺棄された死体がナルバーレダムに
流れ着いたといわれている。
インド人たちが追放され町の建物や工場はそのまま使われず廃墟とかした。
     ↓
2000年代、人口や都市に働きにくる人がふえる。しかしジンジャは多くの
「ワーキングプア」とみなされる多くの人々を抱えている。平均的な家庭の年収は
100ドル以下である。

経済

農業は肥沃な土地と豊富な水力のもと発展している。鉄の加工、皮や紙の加工、
砂糖、オーガニックフルーツやコーヒー、そしてビールが輸出品として生産されている。

ブリティッシュ・アメリカン・タバコは2005年に税金の高さのため閉鎖する。
現在もっとも多くの従業員をもつのはカキラ・シュガー・ワークス
Kakira Sugar Works。東アフリカでも最大の砂糖工場をもっている。
従業員数75000人。
工場では砂糖からの複製品のサトウキビなどを燃焼させ20MWもの電力を発電している、
それは主に工場内使用分だが、余分の電力は国の電力会社に売られている。

ナイルビールの工場はジンジャの郊外に1952年建設された。
1956年に初めてナイルビールのボトルが消費者のもとに届けられた。
2001年に「South African Breweries ltd」によってナイルビールは買収され、
2002年にはアメリカの「Miller Brewing Company」に買収され、
SABMiller Plc」となる。

観光

①ヴィクトリア湖

アフリカ最大で面積68,800 km²九州の2倍/琵琶湖は670 km²)
最大水深84m、平均水深40m。
スワヒリ語では「ヴィクトリア・ニャンザ」、タンザニアでは「ウケレウェ」、
ウガンダでは「ナルバーレ」として知られている。
湖のなかにはウガンダ領のセセ諸島をはじめ約3000の島々がある。

歴史

ヴィクトリア湖はグレート・リフト・バレーに囲まれていて、
約1000万~500万年前から地表が隆起し、湖は両側の隆起でその間が
陥没することでできたという説が有力である。
代表的な古代湖で、約100万年の歴史をもち、多くの固有種が進化して生息している。「ダーウィンの箱庭」としても有名。
     ↓
近年ナイルパーチというスズキ亜目アカメ科の食用の外来種が放流され湖の固有種が
激減している。

「ンゲゲ(ngege)」と呼ばれる固有種のティラピア(スズキ目)も絶滅した。
ただ食用のナイルパーチは欧州や日本へ輸出され、ヴィクトリア湖周辺の
地域にとっては重要な外貨獲得源である。